軍師 黒田官兵衛

黒田官兵衛

羽柴秀吉の天下統一事業を支えた名参謀。

姫路城主の嫡男として生を受けた黒田官兵衛は戦術で他を圧倒した部下を統率する非凡な才能の持ち主と言われています。

黒田家三代を含む歴代の姫路城主、48人のうち、唯一姫路城で生まれたのが黒田官兵衛。

「黒田家譜」によれば、官兵衛が誕生した日(1546年11月29日)は一面の雪景色であったと伝えられています。

「官兵衛」出家後の「如水」の号も有名。

また、キリシタン大名(洗礼名:シメオン)としても知られています。

生涯、妻一人、側室を持たなかったという官兵衛には子・黒田長政がいます。

黒田官兵衛

黒田官兵衛の辞世の句

おもひおく 言の葉なくて つゆにゆく みちはまよわじ なるにまかせて

(天下への夢が潰えても思い残すことはない。最後の行く道に迷いはなく、なるがままに任せて)

1604年京の伏見屋敷で病没。享年59歳。

官兵衛の人生哲学が宿る名言や格言は、多彩な顔を持つ天才軍師の魅力が見えるようです。
我、人に媚びず、富貴を望まず。
その時左手はなにをしていた?
主のために追腹を切るぐらいつまらぬことはない
自ら活動して他を動かすは水なり

黒田官兵衛甲冑

黒田官兵衛の甲冑は朱塗合子形兜(しゅぬりごうすなりかぶと) 黒糸威胴丸具足(くろいとおどしどうまるぐそく)

2014年NHK大河ドラマの主人公ということで名前が広く知られるようになった黒田官兵衛。

もちろん歴史好きの方には知らぬ人はいないというほどの人物ですが、大河ドラマ的には結構「通」な人物を扱っているという印象を受けました。

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