辻井廃寺出土の磁石

辻井廃寺出土の磁石(つじいはいでらしゅつどのじせき)

辻井廃寺出土の磁石

〒670-0051 兵庫県姫路市名古山町14-1(名子山霊園)

TEL : 079-297-5030

開園時間 : 8時40分~16時30分

名子山霊園HP : http://www.nagoyama.jp/

辻井廃寺の位置

辻井廃寺出土の磁石と案内板は名子山霊園内にあります。

JR姫路駅より北西に約2キロ。自転車であれば、15分ほど。

名古山霊園の入り口までは平らな道なので、自転車でも大丈夫ですが、中に入る道はかなり急斜面ですっっ

園内も起伏のとんだ作りで、坂道も多くなっていますが、歩いて散策するにはちょうどいいかもしれません。

名子山霊園の敷地は広く、その園内にはたくさんの史跡が点在しています。

美しい庭園や仏舎利塔も見ごたえがありますが、こうした史跡も魅力のある園といえます。

私の場合は、お盆やお彼岸には必ず名子山霊園を訪れますが、四季折々の花が咲き乱れ、広い園内を歩くのはとても素敵です♪

 

下記内容は辻井廃寺出土の磁石の案内板より。

辻井廃寺出土の磁石案内板

この三個の石は名古山の西北方200メートルの所姫路市辻井の辻井廃寺跡より出土したものをここに運んで来たものです。

辻井の南には田の中に塔の中心柱の磁石(塔心礎)があって古くから白鳳時代(七世紀後半頃)の寺院跡だといわれています。

昭和五十七年に安室バイパスが計画され発掘調査の結果僧坊跡とみられる遺構や井戸等がみつかった。

昭和五十八年には、主要伽藍の確認調査が行われ、奈良三彩の陶片や古瓦などの出土品と、磁石を抜きとった建物遺構が発見された。

この三個の磁石はすぐすばに深い穴を掘り落しこんだ状態でみつかった。

塔心礎は現在ももとのまま田の中に残っています。

姫路市教育委員会 昭和五十九年九月

 

 

船場公園

船場公園(せんばこうえん)

 

船場公園

〒670-0043 兵庫県姫路市小姓町

JR姫路駅より約900m。徒歩で1.4km。徒歩で約18分。

自転車であれば、7分ほどで着きます。

船場公園は町の小さな公園です。

特に見所といった場所ではなく、普通に町の公園なのですが、船場公園の入り口に船場八景の案内板が立てられています。

船場八景案内板

船場八景とは、江戸時代(1839年ごろ)船場の男山・白鷺橋・景福寺などの情景で、庶民がつくった和歌を酔月亭鷺雪氏が選出したものです。

船場地区にはその場所にちなんだ和歌が紹介されており、8箇所あります。

船場八景絵図

 

船場公園には、選出された8つの全ての和歌がかかげられています。

船場八景歌

・男山秋月    冴え渡る 月のかつらの 男山 幾世朽せぬ 峯の神垣

・梅雨松夜雨   降りつづく 梅雨も何時しか 晴て来し 千代のためしに 色変へぬ松

・愛宕晴嵐    火を守る 愛宕の山の 焼物師 嵐吹く日は 心許さじ

・景福寺晩鐘   黄昏の 鐘のひびきの 訪れて 花の散り積む 瑞松の山

・薬師暮雪    高岡の 山の白雪 降り積みて 行き交ふ人も 判かぬ夕暮

・鹿川帰帆    妹と背の 浜辺に通ふ 百舟は 登り下りの 繁き鹿川

・福中橋夕照   夕日照る 福中橋に 旅人は 旅籠屋町を 指して急がん

・水車落雁    種絞る 車の音を 聞き馴れて 平哂場に 落る雁

 

船場八景図の解説(案内板より)

約百五十年前、江戸時代末期(天保年間)に、城下町姫路の内の船場地区は、街道をはさんでの街並みが次第に建て増して来つつあった。

折りしも当時、全国各地に名所八景が流行したが、当地もそれに呼応し、船場の宣伝と興隆にと、住人の有志達が選んで命名し、「船場八景」という絵図を造り印刷し、地区内各戸の旅人に配ったものと思われる。
昭和の戦後、増々伸びゆく船場の風景や街並みも発展的に変わったので、今、ここにその跡を再確認すると共に、昔人の風流をしのんで絵図を復原し、各所に標柱を建てて、後世に伝えんとするものである。
昭和五十二年六月吉日    船場地区連合自治会

姫路船場別院本徳寺

姫路船場別院本徳寺(ひめじせんばべついんほんとくじ)

船場本徳寺

〒670-0044 姫路市地内町1-1

TEL : 079-292-0580

営業時間 : 8:00~16:00

JR姫路駅より約1.3km。徒歩で約20分。

自転車であれば、約10分ほどの場所にあります。

 

姫路船場別院本徳寺は、国道2号線沿いにある、真宗大谷派(東本願寺)の寺院。

敷地面積は約6600坪もある広い境内には、本堂の他、西南戦争や勤王志士の碑や親鸞聖人像、勤皇の志士の碑などがあります。

境内は太陽を遮るような木々もなく、視界が開けスッキリとした明るい雰囲気がしました。

敷地がとても広いので、見晴らしが良いというか、整然とした印象を受けました。

 

船場本徳寺の境内案内図はこちら↓↓↓

船場本徳寺案内図

 

「船場本徳寺の案内板」の内容は以下のとおりです。

真宗大谷派船場別院。本徳寺は、明応年間(1492~1501)に本願寺中興の祖である蓮如上人が英賀に道場を開いたことを開基とする。
その後、播磨の浄土真宗布教の拠点となり、永正9年(1512)に本願寺留守職(門主)実如(蓮如の孫)の子実円が入寺し本格的な伽羅を建立した。
その後、本願寺の東西分派、本願寺派(西本願寺)への転派などの変遷を経て、元和3年(1617)、播磨における大谷派(東本願寺)の再興のため、姫路城主本多忠政により百間四方の土地(船場)と旧池田家菩薩寺国清寺の建物を与えられ、翌年ここ池内町に船場本徳寺が建立された。
境内には明治18年(1885)に明治天皇が山陽道巡幸中に休憩された「行在所」や第一次世界大戦時にドイツ人捕虜が故郷をしのんで造ったと伝わる城の彫刻がある。

案内図を見てみると、広い境内に市指定文化財がたくさん点在していることが分かります。

 

こちらが表門。

船場本徳寺表門

 

すぐ横の瓦を見てみると、こんな感じです。

ちょっと損傷が激しいようにも見えました。

船場本徳寺の瓦

 

こちらは本堂の屋根瓦。

大きく美しい佇まいですが、残念ながらかなり年季が入っているように見えます。

船場本徳寺本堂

 

そして、本堂の前に位置しているのが、親鸞聖人像。

こちらが親鸞聖人像です。

親鸞聖人像

 

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